最新記事 by 五十村 髙志 (全て見る)
- 【令和2年度補正】M&A費用を助成する経営資源引継ぎ補助金の活用法 - 2020年7月13日
- 【令和元年度補正】事業承継補助金を活用して世代交代する方法 - 2020年4月8日
- 【M&A投資】買収を成功させる投資判断基準 - 2020年3月21日
法人が所有する不動産の売却を検討しているケースでは、不動産を所有している法人ごと売却した方がメリットがあることがあります。
やり方次第で手取り額が大きく変わる不動産の売買。不動産売買の仕組みをよく理解して、賢い売買スキームを選択できると良いですね。
さて今回は、不動産の所有権を移転させるのではなく、企業買収の形で法人ごと譲渡させる”不動産M&A”という方法をお伝えします。
- 会社の不動産の売却を検討している人
- できれば手取りが少しでも多い方が良いと思っている人
- 不動産のM&Aについて理解を深めたい人
不動産M&Aとは
「事業の取得」を目的として行われる一般的なM&Aと違って、法人が所有する「不動産の取得」を目的としているのが、”不動産M&A”です。
不動産M&Aとは、会社売買のスキームを利用した実質的な不動産売買のことであり、単に不動産を売却するのではなく、不動産を保有する会社ごと売却するというカタチに持ち込むのです。
簡単に言ってしまえば、株式譲渡を行うということです。
不動産の売買にかかる諸税金
一般的な法人の場合、含み益ある不動産を売却すると、譲渡益に対して法人税等が課税されます。
同一事業年度で、譲渡損や除却損、役員退職金などの譲渡益に見合う損金を計上することができる法人であれば良いですが、相殺できないほどの大きな譲渡益が発生した場合、とんでもない法人税を納めなければなりません。これでは、たまったものではありません。
また、商業建物を売却する場合には、消費税等の負担もあります。さらに、それを株主の手元に還元したいときには株主配当するか、株主が役員の場合に役員退職金を支払うことになりますが、いずれにしても所得税等の負担を生じます。とにかく、不動産の売買にはいろいろな税金がつきまとってくるものなのです。
しかし、以下の条件の場合、不動産M&Aを選択した方が、オーナーの手取額を大きくすることができます。
手取額が多くなるかもしれない法人の条件
- 不動産譲渡後に、廃業を予定しているケース
- 不動産を譲渡しまうと、法人の実態を失うようなケース
- 事業を別会社に譲渡し、資産保有会社にすることができるケース
では、そのからくりを一緒に見ていきましょう。
手取額が増える不動産M&A
手取額を増やすためには、税金について理解を深める必要があります。まずは、通常の不動産売買の取引のケースを見ていきましょう。
通常の不動産取引(清算方式)の場合
会社が不動産を売却して5億円の利益が出ると、法人税は約40%となり2億円がかかります。そうなると、手元に残るのが3億円になります。それを役員退職金や株主への配当金として分配することになります。
法人税 = 利益 × 法人税率 = 5億円 × 40% = 2億円
役員退職金で利益を相殺できれば良いですが、制約によりすべてを役員退職金として処理できない場合もあります。また、配当金なら制約がないものの、3億円に最高税率50%が適用されると、株主の手残りはわずか1.5億円となり、税金の負担が大きくなってしまいます。
所得税 = 配当金額 × 所得税率(最高税率) = (18億円 - 1億円) × 50% = 8.5億円
不動産M&Aの場合
一方、不動産M&Aでは、税金の面で売主側の株主個人には大きなメリットがあります。
なぜなら、不動産M&Aは不動産の売買ではないため、株主個人の株式譲渡益課税のみですみます。株式の譲渡益は株主に直接帰属し、所得税は、20%の申告分離課税だけに抑えられます。個人株主の手取り金額は80%にも上ります。
所得税 = 株式譲渡益 × 所得税率(申告分離) = (20億円 - 1億円) × 20% = 3.8億円
今回のケースで手取額を比較してみると、以下のとおりです。
手取額 = 不動産M&A方式 - 通常の不動産取引(清算方式) = 16.2億円 - 9.5億円 = 6.7億円
差額は6.7億円にもなります。
また、売主は不動産ではなく株式の持分を売却したことになるので、もちろん、消費税はかかりません。
不動産の単独処分、借入金の返済、会社の解散などの手続きの手間も考えても、不動産M&Aにはたくさんのメリットがあります。
買主にもメリットがある不動産M&A
売主に大きなメリットがある不動産M&Aですが、買主の方はどうなのでしょうか。
通常の不動産取引では、代金決済後所有権移転登記を行います。しかし、不動産M&Aでは、不動産の所有者はそのままで、株主の変更だけですので移転登記の手続は必要ありません。
当然、不動産取得税や登録免許税のほか、契約書の印紙税も支払う必要がありません。不動産M&Aは、資産の一部だけを売却することも可能ですし、株主が複数いても実行できます。
参考までに、不動産の売買で行った場合の諸税金の計算方法は、以下のとおりです。
◆不動産取得税の計算
不動産取得税 = 固定資産税評価額 × 4%(標準税率※・本則)
ただし、特例により以下のとおり標準税率が軽減されます。
- 土地及び住宅 3%(平成30年3月31日まで)
- 住宅以外の家屋 4%
◆登録免許税の計算
登録免許税 = 固定資産課税台帳の本年度価格 × 1000分の20(標準税率※・本則)
- 土地の売買: 1000分の20(平成29年4月1日から平成31年3月31日まで 1000分の15)
- 土地以外の不動産の売買: 1000分の20
◆不動産売買契約にかかる収入印紙
契約金額 本則税率 10万円を超え 50万円以下のもの 400円 50万円を超え 100万円以下のもの 1千円 100万円を超え 500万円以下のもの 2千円 500万円を超え1千万円以下のもの 1万円 1千万円を超え5千万円以下のもの 2万円 5千万円を超え 1億円以下のもの 6万円 1億円を超え 5億円以下のもの 10万円 5億円を超え 10億円以下のもの 20万円 10億円を超え 50億円以下のもの 40万円 50億円を超えるもの 60万円
- 不動産の譲渡に関する契約書のうち、記載金額が10万円を超えるもので、平成26年4月1日から平成30年3月31日までの間に作成されるものは軽減税率が適用されます。
不動産M&Aのデメリット
不動産M&Aのデメリットは、会社に引き継ぎなくない資産や負債があっても引き継がなくてはなりません。一般的なM&Aと一緒ですが、特に簿外の債務がありそうな場合は注意が必要です。
また、不動産M&Aでは、会社の帳簿価額をそのまま継承しているため、常にキャピタルゲインの問題があります。仮に、土地を売却した場合、その時点で相当の売却益が生じ、課税が発生することになります。
不動産の譲渡を目的とした会社売買のケースや、保有期間が短かった不動産を移転するケースだと、不動産の譲渡と見做されてしまうというリスクもあります。
強引に不動産M&Aのカタチにするのではなく、グループ組織再編・M&Aのスキームに詳しい税理士に相談することをおすすめします。
- 不動産M&Aは、手取額が多くなる可能性がある。
- 不動産の売買ではないため、不動産取得税や登録免許税、消費税や収入印紙がかからない。
- 買主にとっては、会社をまるごと引き受けるため、簿外債務も引き継ぐ可能性がある。