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事業部門を切り離すという選択肢は、社長としてはできれば取りたくない手段だと思います。自分が育てた事業を手放すのは、やっぱり寂しいことですよね。しかしながら、会社が生き残るために、時には心を鬼にして選択しなければならないことがあります。
この時に、よく使われる手法が、事業譲渡と会社分割です。自社の事業を他社に譲り渡すという点で、事業譲渡と会社分割はとても似ています。
対価や手続きが変わってくるので要注意!
事業譲渡は、単に「事業を売買する」という売買契約のことです。資産の売買というイメージで捉えて頂くと、理解が早いかもしれません。一方、会社分割は、会社法に規定された組織再編手法であり、資産の売買を行うだけではなく、会社の一つの部門を他の会社に承継させることを意味します。
どちらも「Xという事業が、A社からB社に移った」というように、結果は同じように見えますが、もともと目指しているものが違いますので、対価や手続きなどに違いが出てきます。
どちらの手法にするか、譲渡にかかる手続きや、譲渡後の会社間の関係をよくよく考えて、決定する必要があります。
譲渡対象事業の対価
事業譲渡の場合は「事業の売買」ですので、譲渡対象事業の対価は金銭で支払うことになります。
一方、会社分割の場合は「会社の一部をほかの会社に承継させる」ということになりますので、原則として譲渡対象事業の対価は株式(※ 株式以外の金銭等を交付することも可能)を使うことになります。
会社分割との類似点と相違点
どちらの手法も、すでに存在する会社の事業を引き継ぐ面で、事業譲渡と会社分割はとても似ています。また、引継ぐ事業の範囲を任意に決定できる点も同じです。決定するための承認機関は、いずれも株主総会の特別決議です。
異なっている点は、以下のとおりです。
事業譲渡 | 会社分割 | |
根本的な意味 | 商取引 | 組織の再編 |
権利義務 | 取引先ごとに特別承継 | 包括承継 |
偶発債務の承継 | 債務の範囲を特定することにより防止できる | 防止することが困難 |
承認手続き | 個別の承認手続きが必要 | 個別の承認手続きが不要 |
従業員の引き継ぎ | 個々の従業員の同意が必要 | 個々の従業員の同意は不要 |
許認可 | 再取得が必要 | 原則再取得が必要だが、簡易に取得できる場合がある |
競業避止義務 | 当然に義務を負う | 新設分割計画または吸収分割契約の定めによる |
買い手の対価 | 売買なので、買い手は対価が必要 | 新設分割:不要(株式を発行するだけ) |
吸収分割:対価は財産なら何でも良い | ||
消費税 | 譲受資産に課税対象となる資産があれば、課税仕入となる | 課税取引に該当しない |
登録免許税 | 軽減措置なし | 軽減措置あり |
不動産取得税 | 軽減措置なし | 軽減措置あり |
債権者の事前承諾 | 必要 | 不要(ただし、実質無視はできない) |
債権者保護手続き | 特に事業譲渡特有の法律上の規定なし | 異議催告手続 (会社法789条) |
労働者の承継
事業譲渡 | 会社分割 |
労働承継法の適用はない。したがって、個別に従業員の同意を得る必要がある。 | 会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働承継法)の適用がある。 |
物的設備(資産)の承継とは違って、従業員の承継は、個々人の生活等に及ぼす影響もあり大きな問題です。吸収分割、事業譲渡ともに、対象となる従業員数が多い場合や、事業所が分散している場合などは、事前の説明等も含めて慎重に進めていくことが重要です。
事業譲渡の場合、譲り受けた事業に従事していた労働者を雇い入れる場合は、労働者個人と個別に交渉する必要があります。
会社分割の場合は「労働契約承継法」の定めに従うことになっており、分割契約に定めがある場合は、譲渡事業に主として従事していた者は「当然に承継」となり、それ以外の者は「原則承継」になります。会社分割の場合は原則、従業員と個別に交渉する必要がありません。
債権、債務の承継
事業譲渡 | 会社分割 |
各種契約相手方の同意が必要 | 各種契約相手方の同意は不要 |
会社分割では、分割の効力が生ずると、分割契約の定めに従い、分割会社の権利義務は包括的に承継会社に承継されるため、分割会社の契約上の地位は相手方の同意なしに承継されます。そのため、分割会社において、各種契約の相手方の同意を得る必要はありません。ただし、人的関係が重視される契約の場合、相手方から契約の解除を主張されるおそれもあります。
事業譲渡では、包括的に権利義務が承継されませんので、分割会社において、個別に契約の相手方の同意を得る必要があります。例えば、売掛金(債権)の承継については債権譲渡の手続きが、買掛金(債務)の承継については仕入先(=債権者)の承諾が必要となります。そのため、相手方が多数の場合には相当の時間と労力が必要となる場合もあります。
債権者保護手続き
事業譲渡 | 会社分割 |
不 要 | 必要(1か月の期間が必要) |
債権者保護手続きとは、株式会社が債権者の利害に重大な影響を及ぼすおそれのあることを行う場合に、債権者に通知することを指します。通知から1カ月以内に債権者が異議を申し出ると、株式会社は債権者に対して弁済や担保の提供などを行わなければならないことになっています。
会社分割の場合は、債権者保護手続きが必要ですが、事業譲渡の場合は不要です。ただし、事業譲渡の場合は、債権者ごとに個別に同意を取り付ける必要がありますので、一括して債権者への了解を取り付けられる会社分割のほうが、手続きの手間はかかりません。
実行に移す場合のポイント
一般的には、事業譲渡のほうが小さい案件向けで、機動力をもってコンパクトに実行できます。しかし、債権者や従業員の扱いで手続きが煩雑になることも考慮しておかなければなりません。また、債権者、従業員の同意を得られないというリスクも考慮しておく必要があります。
一方、債権者が多い場合や、同意をもらうことが困難な場合、対価が大きくなる場合などは会社分割のほうが優れています。
事業譲渡と会社分割、どちらを選ぶかは、債権者対応や契約に関する費用、登記の費用などのコストと手間などを総合的に考えた上で、どちらを活用するか判断する必要があります。とくに、法律面と税金面は複雑になるので、それぞれの専門家と意見のすり合わせをすることをおすすめします。
事業承継の目的は、事業を”円滑に”引き継ぐことです。自社の利益を優先させるあまり、相手や利害関係者(特に従業員)の気持ちを考えない決断をしてしまうと、思わぬ事態に陥ってしまったり、譲渡した後に社長ご自身が”猛烈な後悔”に苛まれつづけることがあります。今までお世話になったお客様や従業員の顔を思い浮かべ、切り離す事業部門をより発展させるための決断ということを忘れずに、大英断を下して頂きたいと思います。