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ピクサー・アニメーション・スタジオは、「トイ・ストーリー 」から「モンスターズ・ユニバーシティ」に至るまで、2014年8月現在で14本の長編アニメを制作しています。驚異的なのが、そのすべてがスマッシュヒットを記録しているという点です。しかも、ヒットを量産するだけではなく、作品としての評価も高いのがピクサーの特徴です。今や、「ピクサー映画にハズレなし」という栄冠をほしいままにしています。
かくいう筆者も「トイ・ストーリー」は初の長編フルCGということで、劇場まで足を運びましたし、「モンスターズ・インク」は何度見たか数えきれません。「Mr.インクレディブル 」もいいですが、特に大好きなのが「トイ・ストーリー3 」です。
あのホラーテイスト溢れる視点の斬新さとハートウォーミングな展開との絶妙なバランス感覚には、度肝を抜かされたのを覚えています。そして、ピクサーと言ったら忘れてならないのが、エンドロールの”NGシーン”です。
ジャッキー・チェン顔負けのNGシーンは、ピクサースタッフの最後まで飽きさせないという工夫と、溢れんばかりのサービス精神が感じられます。さて、こんなステキなピクサーという会社は、どのようにスタートしたのでしょうか。
さて今回は、ディズニー社に買収されたピクサーという会社について、探っていきたいと思います。
ピクサーは、元々「スター・ウォーズ」シリーズで有名なジョージ・ルーカスさんが率いるルーカスフイルムのいちCG部門にすぎませんでした。1980年代、ジョージ・ルーカスさんは妻に離婚の慰謝料を支払う必要に迫られており、このCG部門を売却せざるをえないという事態に陥っていました。その時の交渉相手は、ディズニー社とGMの2社でした。残念ながら、ディズニー社はCGを重要なものと考えていなかったため買収を断り、GMはCEOの交替で話が流れてしまっていました。
この離婚話を聞きつけたのが、スティーブ・ジョブズさんです。当時、自身が設立したアップルから放り出され、ちょうど次なるビジネスを模索していました。数年で陳腐化するコンピュータビジネスよりも、100年経っても愛される映画ビジネスに憧れを描いていた時期でもありました。直感的にCGが映画分野での起爆剤になると判断したスティーブ・ジョブズさんは、すばらしいコンピュータシステムやソフトウエア、そして人材がたったの3,000万ドル(25.5億円)であることを聞き、執拗にジョージ・ルーカスさんを追い回したそうです。
スティーブ・ジョブズさんにとって、交渉相手をなくし、緊急にお金を必要とするジョージ・ルーカスさんは、理想の交渉相手でした。結局、ルーカス本人に500万ドル(慰謝料分)、ルーカスフィルムに500万ドルの合計1,000万ドル(8.5億円)に値切り倒し、買収後新会社として“ピクサー”が誕生したのです。
もし、ジョージ・ルーカスさんが夫婦円満だったら、今のピクサーはなかったかもしれません。
ウォルト・ディズニーさんが亡き後、ディズニー社をキャラクタービジネスや映画ビジネスの帝国として蘇らせたのは、CEOのマイケル・アイズナーさんです。
ビジネスの勘は誰よりも鋭く、部下には絶対的な忠誠を求め、信用できない部下はすぐに切り捨てるというビジネススタイルだそうです。スティーブ・ジョブズさんのスタイルとなんだか似ているような気がしますね。
そんなディズニー社の配給サポートのおかげか、ピクサーが制作した「トイ・ストーリー」は、初回にして大ヒット。いきなりハリウッドの檜舞台に踊り出ることになったのです。そのハイレベルな作品と手堅い興行収入により、監督・総制作のジョン・ラセターさんも、アニメ界にその名を轟かせます。
しかし、ピクサーにとってディズニー社と結んだ契約は、あまりにも不利な条件でした。この大ヒットをチャンスと捉えたのが、スティーブ・ジョブズさんでした。契約期間がまだ残っているにも関わらす、ディズニー社に大幅な契約の見直しを迫ったのです。
「トイ・ストーリー」の大ヒットをぶら下げ、天才技術者ジョン・ラセターという切り札を巧みに利用するスティーブ・ジョブズさんと、何としても金の卵であるピクサーをつなぎとめとおく必要があったマイケル・アイズナーさんとの交渉の行方は、初めから目に見えていました。まるで、契約書など存在しないかのように振る舞いう高飛車で破天荒なスティーブ・ジョブズさんのしたり顔が目に浮かびます。
結果として、対等どころか、優位な条件で契約書を書き直すことに成功したピクサー。特に、興行収入の項目では、ディズニー社とピクサーで折半するという類を見ない好条件を取り付けたのです。この逸話は、映画界で今も伝説として語り継がれているそうです。
ピクサーは、「トイ・ストーリー」に引き続いて「バグズ・ライフ」「トイ・ストーリー2」「モンスターズ・インク」と次々とヒットを連発しました。さらに、2003年にはカクレクマノミを主人公とした「ファインディング・ニモ」が大ヒット。アカデミー賞では、アニメーション映画部門賞を受賞するほどでした。これにより、あらゆる映画会社がピクサーのもとに訪れるようになったのです。スティーブ・ジョブスさんが、最高の交渉カードを手に入れた瞬間でした。
2004年、ディズニー社以外の可能性を探るピクサーと、今やドル箱となったピクサーを離せないディズニー社との間で、一触即発の契約抗争が勃発します。ピクサーとしては配給がディズニー社でなくても別に構いませんでした。しかし、当時のディズニー社は自社でコンテンツを作り出す能力がなく、ほとんどピクサーに食べさせてもらっていた状況です。だから、何としてでも契約を引き留めなければならない状況でした。どこかで見たような光景ですね。スティーブ・ジョブズさんは、強気で交渉を続け、10ヶ月あまりの交渉を経て、2004年1月ついに交渉を打ち切りったのです。
ここまで強気に出れたのは、ディズニー社の社内抗争を把握していたことに尽きます。ディズニー社の創業者一族であるロイ・ディズニーさんと結託して、CEOのマイケル・アイズナーさんを追い落としかかったのです。結果、マイケル・アイズナーさんは、株主総会で不信任案がつきつけられ、任期を待たずして引責退任せざるを得なくなったのです。その後、2006年1月にはディズニー社による、ピクサー買収が電撃的に決定します。敵に回すとこれほど恐ろしい男はいませんが、その手法は”鮮やか”としか言いようがありません。
結果として、20年前にわずか1,000万ドルで買った会社は、74億ドルの価値になり、なんと700倍を超える大金をもたらすことになったのです。しかも、スティーブ・ジョブズさんはディズニー社の筆頭株主となり、取締役にも就任。監督・総制作のジョン・ラセターさんは、ディズニー社のチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任します。最終的に、ディズニー社は、経営からアニメ制作までピクサー陣営に支配されてしまった構図となったのです。
ひと口にM&Aと言っても、いろいろな形があります。ピクサーの例は、稀なことかもしれませんが、実際に起こった事例です。企業は存続と発展をかけて、様々な生き残り策を模索しています。このピクサーの話を知って頂くことで、”身売り”という選択肢もあるということを、頭に入れて頂けましたら幸いでございます。
一見、順調に見えるピクサーも、最初のうちは赤字がつづき、スティーブ・ジョブズさんの個人資産を投入して、事業を継続させていた時期もありました。いくら個人資産が目減りしようと、スティーブ・ジョブズさんは決して会社を手放そうとしませんでした。
その考え方とは、「会社を売れば大金が転がり込むかもしれない。しかし、ひょっとしたら、自分の人生でもっと価値あるすばらしい経験をする機会を放棄してしまうかもしれない」というものでした。自ら生み出した会社から追い出されたスティーブ・ジョブズさんならではの、深みのある考え方ですね。安易に会社を売却するという決断をとるのではなく、「自分や自社にとって価値とは何なのか」ということを真剣に考えることがM&Aでは求められます。
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